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◎北海道地方の代表的な埋蔵金

武田信広の埋蔵金
【埋蔵額】=砂金(数兆円)
【埋蔵者】=武田信広
【埋蔵時期】=康正年間(1456年頃)
【埋蔵地1】=檜山郡檜山町勝山城跡
【埋蔵地2】=千軒岳(鬱金山)
【背景】=アイヌの大酋長、コマシャイン討伐により北海道に支配権を確保した信広が集めた財宝を、備蓄する目的で上記の2カ所に分散、埋蔵したというもの。
「わが子孫以外の者が手をふれたら直ちに命を絶て」という呪いの言葉が伝えられている。盗掘防止策の存在を意味するものだろう。城といっても、当時防塁を巡らした館、程度の存在だったはず。千軒岳説では4つの洞窟に隠されたという。

開陽丸の幕府埋蔵金
【埋蔵額】=15万両
【埋蔵者】=榎本武揚
【埋蔵時期】=慶応年間(1867年頃)
【埋蔵地】=檜山郡江差町字中歌町沖合い
【背景】=幕末の混乱時、あくまで薩長連合に抗戦を求めた榎本武揚らが北海道共和国設立を目的に開陽丸に大阪城から搬出したといわれる公金を積み、江差攻略作戦中に悪天候のため座礁し沈没したもの。
1974年から1988年にかけて江差町教育委員会が発掘を試みクルップ砲や古文書など約3万点の遺物とともに若干の財宝を発見。ただし15万両が積まれていた裏付けは不明。

源 義経の埋蔵金
【埋蔵額】
【埋蔵者】=源 義経
【埋蔵時期】
【埋蔵地1】=千歳市恵庭岳
【埋蔵地2】=恵庭市盤尻熊ノ沢
【背景】=東北から北海道にかけて残る義経の「落ち延び」伝説。その真偽のほどはともかく、義経軍の残党がいたことは確実でこの集団が北海道へと渡って、軍資金を埋蔵したというもの。
恵庭岳の北側斜面とする説と、ライマナイ川の流域熊ノ沢に隠されたとする説の二つの言い伝えがある。ただし熊ノ沢は現在の地図には存在しない。

軍艦吾妻の埋蔵金
【埋蔵額】=白金塊三百貫
【埋蔵者】=日露戦争時の日本軍
【埋蔵時期】=明治38年7月
【埋蔵地】=小樽港外、石狩湾
【背景】=日露戦争の占領地樺太の金融機関から押収した白金など。明治38年6月の日露講和会議後の樺太からの押収品で対応に困った軍部が受け取らず、吾妻が処理したといわれるもの。
かつて引き揚げ作業が行われたが、当時の技術では手がでず。最新技術による引き揚げに可能性は高い。

カムイ古潭の埋蔵金
【埋蔵額】=砂金多量
【埋蔵者】=アイヌの一族
【埋蔵時期】
【埋蔵地】=旭川市神居古潭
【背景】=カムイ古潭に近い山中に近辺の川から採集した砂金を先住のアイヌたちが和人の襲撃に備えて穏蔽したというもの。
カムイ古潭にほど近い“魔の谷”と呼ばれる沢。近くの監獄部屋で働いていた男が、病死した仲間の死体を捨てに行って、誤って魔の谷に落ちて発見した、といういわれが残っているそうだが、真偽のほどは定かでなし。

魔山雷神丸の埋蔵金
【埋蔵額】=金銀財宝(百億円以上)
【埋蔵者】=海賊雷神丸
【埋蔵時期】=幕末
【埋蔵地】=広尾郡忠類村魔山
【背景】=幕末の東北近海で「北海の荒鷲」と恐れられた元南部藩士を頭とする海賊雷神丸。武士くずれとアイヌの手下は勇猛果敢でまさに東北の一大脅威となっていた。これに手を焼いた松前藩が討伐に乗り出したことによりそれまで集めた財宝を陸地に隠そうということで魔山(チョマナイ)奥深くのある場所に埋蔵。 そして頭が亡くなり、絵図面が残ったというわけ。
明治に入って確かに幾人かが入って宝の一部を見つけたのではと思える消息も伝えられている。
キーワードは「大樹町の歴船川上流“オヤジ”(熊)の大滝の近く」

☆その他の北海道の埋蔵金

関川与左右衛門の埋蔵金
【埋蔵額】=小判、朱金あわせて四千両
【埋蔵者】=松前藩の豪商関川与左右衛門
【埋蔵時期】=慶応四年
【埋蔵地】=檜山郡江差町
【背景】=情勢不安から後に託して豪商が埋蔵したもの。1978年に発見された古文書から慶長大判、元文小判、文政小判、天保二朱金を埋蔵したことが判明。教育委員会が文化財として調査を行っている。

蒜沢の埋蔵金
【埋蔵額】=黄金
【埋蔵者】=戦に敗れた武士
【埋蔵時期】
【埋蔵地】=亀田郡七飯町字大川
【背景】=地元の伝承。落ち武者がこの地で最後を覚悟、埋蔵。目印に印籠の中にあった“蒜”を目印に植えたというのがミソ。

賀張の埋蔵金
【埋蔵額】=古銭六六四枚
【埋蔵者】
【埋蔵時期】=一六世紀中期
【埋蔵地】=沙流郡門別町字賀張
【背景】=偶然に発見された埋蔵金。牧場の暗渠工事で発見。北宋と明銭がほとんどということから一六世紀中頃埋蔵され今日まで眠っていたのだ。このように一時的な埋蔵でも何らかの理由で埋まったままになっている埋蔵金も実に多い。

鉛川の埋蔵金
【埋蔵額】=砂金
【埋蔵者】=鉛川の砂金堀師たち
【埋蔵時期】=明治維新
【埋蔵地】=山越郡八雲町鉛川
【背景】=函館の五稜郭を占領した榎本軍の接収を恐れた鉛川の砂金堀師たちが、一時避難の目的で隠した砂金が行方しれずに。

アイヌの埋蔵金
【埋蔵額】=先祖伝来の財宝
【埋蔵者】=アイヌの酋長ヨコウシ
【埋蔵時期】
【埋蔵地】=標津郡標津町
【背景】=アイヌに残る埋蔵金伝説。この地の酋長が娘の婚姻に対立する酋長に不意を襲われ財宝を隠したと言われるもの。

秋田藩の埋蔵金
【埋蔵額】=金の延べ棒五箱(推定三十億円)
【埋蔵者】=秋田藩
【埋蔵時期】=明治三年
【埋蔵地】=上川郡新得村
【背景】=明治政府の私鋳貨幣通用禁止令を元に、査察にきた政府の監督使に私鋳金を没収されるのを防ぐため、遠く上川郡に埋蔵。そこは十勝川を遡った“トムラウシの函”と呼ばれる所だったという。1982年、地元の新得町と観光協会、山岳会などによるトムラウシ洞窟探検隊が一般の応募者とともに探索した記録が残っている。


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