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●だんぶり長者の埋蔵金
【埋蔵額】=高さ三尺、四十八体の黄金の人型
【埋蔵者】=だんぶり長者
【埋蔵時期】=六世紀頃
【埋蔵地】=二戸郡安代町平又
【背景】=全国各地に聞かれる“だんぶり長者伝説”のひとつ。
この地の長者であった分限者が子宝祈願に人型の黄金四十八体を
敷地内に埋めたというもの。めでたく子宝に恵まれたということだが
この手の言い伝え、多分に修身訓話的な物語と考えた方がいいのでは。
●岩泉の埋蔵金
【埋蔵額】=一分金三千八百九十枚
【埋蔵者】=
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=下閉伊郡岩泉町
【背景】=昭和三十八年、岩泉町で一分金三千八百九十枚が発見。
時代背景は安倍の埋蔵金よりぐっと下がって江戸時代の埋蔵か。
●正清の埋蔵金
【埋蔵額】=
【埋蔵者】=武士正清
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=下閉伊郡田老町真崎
【背景】=こちらも下閉伊郡の言い伝え。当地にあった剛腕の武士、
正清が「朝日とろとろ夕日輝く曽根の松うるしまんばい、金おくおく」
の言い伝えを残して財宝を隠したというもの。
●うつぎ屋敷の埋蔵金
【埋蔵額】=
【埋蔵者】=うつぎ屋敷の長者
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=水沢市瀬台野
【背景】=北上川の近くに一面のうつぎが植えられた長者の屋敷があった。
その長者が北上川の氾濫で流され、後に埋蔵金の言い伝えとなった。
●佐倉河の埋蔵金
【埋蔵額】=古銭
【埋蔵者】=
【埋蔵時期】=鎌倉末から南北朝期
【埋蔵地】=水沢市佐倉河字西舘
【背景】=耕作中の農夫が水田より四十八種、三千三十七枚の古銭を
掘り当てる。漢代の五銖から南宋の咸淳元宝など。
●太田の埋蔵金
【埋蔵額】=古銭
【埋蔵者】=平泉藤原氏の血をひく御用商人
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=花巻市太田
【背景】=耕作中の農夫が木箱を発見、中には漢代の五銖、唐銭、
五代十国銭、北宋銭、南宋銭など、五十種近く、総数四千六百五十九枚が
固まって出土したという。
●森子山の埋蔵金
【埋蔵額】=軍用金六万両
【埋蔵者】=稗貫氏
【埋蔵時期】=天正年間
【埋蔵地】=花巻市高木
【背景】=秀吉による領地没収を恐れたこの地の領主、稗貫氏が
森子山の山頂に埋蔵したとの言い伝え。
●円万寺館の埋蔵金
【埋蔵額】=
【埋蔵者】=円万寺氏
【埋蔵時期】=中世
【埋蔵地】=花巻市膝立観音山
【背景】=前出の稗貫氏の重臣だった円万寺氏にも埋蔵金伝説がある。
「黄金億々と漆の杯を館近くの旭さす夕日輝く三つの葉の葛のある所に
埋めた」という内容が、円万寺氏の史書に記録されていたという。
●梵字沢館の埋蔵金
【埋蔵額】=
【埋蔵者】=
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=遠野市山口
【背景】=梵字沢館の跡に残された埋蔵金伝説。宝の在処を知っている
と言う老人が言い残そうとした言葉が元に。
●刈明館の埋蔵金
【埋蔵額】=
【埋蔵者】=
【埋蔵時期】=戦国時代
【埋蔵地】=西磐井郡花泉町
【背景】=花泉町に居を構えた寺崎氏。その寺崎氏が没した後に
「朝日さす夕日輝くその下に、漆万杯。黄金億々」の伝説あり。
目印にほうずきが植えられていたとも。
●金鶏山の埋蔵金
【埋蔵額】=黄金作りの鶏二羽、漆一万盃に黄金一億両
【埋蔵者】=藤原秀衡
【埋蔵時期】=
【埋蔵地】=西磐井郡平泉町
【背景】=奥州藤原氏が栄華を誇った平泉、秀衡が菩提寺の鎮護を込め
中尊寺前に築いたといわれる金鶏山。その金鶏山に黄金作りの二羽の
鶏などを埋蔵したとの言い伝えがある。
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